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最近考えていた事・・・

10日前、高齢の父親が亡くなった。



元々痴呆症気味では在ったのだが2年程前に病気で中央病院に入院、退院後そのままウェルフェア北園と云う医療介護施設に転院。


そこで1年間過ごした後、幸朋苑と云う特別養護老人ホームへと転院した。



結局2年前に病院に入院してから1度も自宅へ戻る事は無く、施設で亡くなった。

どちらの病院も施設も対応も良く親切で感謝している。




現在私が64歳なのでその父親は当然に結構な高齢である、享年93歳。




本人は非常に穏やかな性格で諍い事を嫌っていた。


私自身、この父親から叩かれた記憶も無ければ、大声で感情的に叱られた記憶も無い。


他の人に対しても声を荒げて激高した姿など目にした事は無かった。




今にして思えば父親の幼少期の境遇から、怒りの感情の発露が苦手だったのでは無いかと思う。



とにかく葬儀に参列してくれた方々のお話しを伺っていると「優しく穏やかで理知的な人」と云う印象の人間像が伺えた。




私には「我慢の人」と云う印象が強いのだが・・・・・。


そんな父親であった。




初めて喪主を務めた父親の葬儀の最中、色々な事が頭を過ぎる。


一番強く思ったのが「もっと話をしておけば良かった。」と云う想いだ。



父親が施設に入ってからその想いは在ったのだが、その時点で既に痴呆は進んでいたのでろくに会話が出来る状態では無かった。


施設に入るまでは自宅で同居していたし、まだ話も出来たのに・・・・逆にその頃は父親の徘徊に悩まされて早朝に近所を探し回ったり、自宅の内鍵を交換したり、GPSを付けさせたりと父親の行動に振り回されてイライラしていて会話をしようともしなかった。




・・・・・ホント、後悔しか無い。



そして思ってた以上に喪主としての仕事量の多さに悲しむ間もなく初七日が過ぎていく。







・・・誰だって生まれる環境や時期を自分で選択する事は出来ない。


でもねぇ・・・・死ぬ時くらいは自分で選択したいなぁ・・・なんて思う。


たぶんこれから日本でも安楽死に対する議論は進んでいくのではないかと思ってはいる。

国の財政的にもベットで寝ている事しか出来ない年寄りに多額の国費を掛けるのはどうかと思うし、何より当の本人はそんな事は望んでいない様に思う。


私が当事者となるであろう20年後、安楽死を選択出来る社会であれば良いなぁ・・・なんて考える。








・・・・・なぁんかねぇ・・・今、感じてる事、思ってる事書いたんだけど・・・・( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。




「安蔵サバゲーフィールド」のブログに書く様な内容じゃ無いよなぁ。



スイマセン・・・・・・でもせっかく書いたんで嫌がられても上げちゃうけど(笑)



 
 
 

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